(音楽) 盛岡・東山堂のCM動画

岩手県盛岡市にある東山堂の作成したCMが話題になっている。

楽器販売やピアノ教室などの事業を手がける同社は、ピアノ教室のリニューアルに伴って新しくCMを作成した。そのCMは盛岡で話題になり、YouTubeに動画をアップしたところ200万回ほど再生を記録した。さらに同動画は日本のみならず海外にも反響を呼んでいる。

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物語の舞台は結婚式。式の途中で花嫁の父が花嫁へのメッセージを贈る。だが父は一言も発せずにピアノへと向かい、たどたどしくピアノを弾きはじめる。その曲は今は亡き妻が娘へ教えた曲、パッヘルベルのカノンだった。

素晴らしい動画です。

TOSANDO music CM 披露宴編 full
https://www.youtube.com/watch?v=-09dRyIG9bU

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(旅ニュース) 川崎市制90周年記念 第73回多摩川花火大会

本日、川崎市制90周年記念 第73回多摩川花火大会が開催される。
http://www.k-kankou.jp/topics/detail.html?CN=120407

http://www.k-kankou.jp/pdf/h26hanabi_poster.pdf

東日本大震災が発生した2011年、節電や自粛ムードの中で軒並み各地の花火大会が中止されたが、開催時期を10月にずらして開催を実行した伝統の花火大会である。
http://hayamabeach.blog39.fc2.com/blog-entry-357.html

天気が気になるが今年も楽しみである。

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(波乗り日記) 鵠沼

今日の鵠沼 は強いオンショア。まぁ事前の予報で知ってはいたが、海に入ると波はぐちゃぐちゃ。根性で3本乗るのがやっとでした。





最近の湘南は風が強いなあ。やたら気温も暑いです。この日の最高気温は35度でした。

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(物語) ママへ

佐世保の少女が起こした事件には震撼させられた。そんなことをして天国のママが悲しまないとでも思うのだろうか。

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台湾のある家族の物語である。その家族にはお父さんとお母さんと10歳に満たない5人の子供がいた。お父さんは定職に就くことができず、アルバイトで生計を立てていた。家族の暮らしは厳しかったという。さらにお母さんの体の具合が悪くなり、病院に入院することになった。ますます家計は苦しくなり、5人の子供たちは3度の食事も満足にできなくなった。

ある日、お母さんのお見舞いに病院に来ていた子供たち。お腹を空かしているのを見かねた看護婦さんが、子供たちを外の定食屋さんに連れて行った。驚いた子供たちに看護婦さんは「何でも好きなものを注文して」と言った。子供たちが選んだのは「陽春麺」という日本でいうかけそば。一番値段の安いメニューだった。注文したそばが運ばれてくると子供たちは美味しそうに食べ始めた。しかし9歳になる一番の年上のお姉ちゃんが突然食べるのを止めて箸を置き、看護婦さんに向かってこう言った。

「この美味しいおそば、お母さんにも食べさせたいの。包んで持って帰ることはできますか?」

2人の妹たちも続けて食べるのを止めた。看護婦さんは「もう一杯頼むから安心して食べて」と子供たちに優しく言った。追加で注文した陽春麺は、看護婦さんと子供たちがお母さんの元へと大切に運んだ。

子供たちの行動に感動した看護婦さんは、何とか力になってあげたいと考えた。病院のスタッフに相談し、台湾を代表する新聞社、中央通信社にコンタクトすることができた。お腹を空かしながらも病気のお母さんを気遣う優しい子供たちがいる、何とか支援して欲しいと訴えた。すると、この話は台湾中に大きく広がり、支援の輪が広がっていく。約500万円ほどのお金が集まったという。お父さんは記者会見を開き、頂いたお金は地方自治体の教育機関に預けて子供たちのために大切に使います、そしてこれからは家族みんなで力をあわせて頑張るので、これ以上の支援は遠慮します、と話した。

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運命は時として残酷なものだ。お母さんの病気は末期の子宮頸がんで、既にガンは全身に転移していた。病状はますます悪くなっていく。ある日、お母さんは主治医の先生にもう一度だけ家へ帰ることを願い出る。主治医はその願いを許可した。

住み慣れた家で、家族は大事な時間を一緒に過ごした。その時、お父さんは「楽な生活をさせてあげられなくてごめん」と何度も謝ったという。お母さんは「本当に色々ありがとう」と繰り返し感謝の言葉を述べたという。子供たちもお母さんにありがとうと何度も言ったという。

家族が一緒に過ごす大事な場所。色々な思い出が詰まった家。その家を出る時、お母さんは家族のみんなとある一つの約束をした。

「また貧しい生活をしても構わない。生まれ変わった時も、またこの家族で、もう一度一緒に暮らしましょうね」

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2006年4月、お母さんは天国へと旅立っていった。その葬儀は質素なものだった。子供たちとお父さんは、今までのお母さんとの思い出と感謝の気持ちを込めた手紙をいっぱい書いて、お母さんの棺の中に入れた。お母さんが天国へ一人で行っても寂しくないように、と。

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