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(物語) 友へ

サッカー世界一を決めるFIFAワールドカップ。2010年は、初めてアフリカ大陸で開催されることが決まっていた。この大会の優勝を虎視眈々と狙っている代表チームがあった。スペイン代表チームである。

スペインは、世界中にその名を轟かせるレアル・マドリード、FCバルセロナ、バレンシアFCといったクラブチームを擁する。日本のJリーグに相当するリーガエスパニョーラは、世界最高峰のレベルの高さを誇る。しかし、これだけの実力を誇るスペインであっても、まだ一度もW杯で優勝したことはなかった。

ダニエル・ハルケ選手は、バルセロナ出身の期待のホープ。地元の有力チーム、RCDエスパニョール傘下のクラブチームでサッカーを学び、次第に頭角を表していった。21歳以下で構成されるアンダー21・スペイン代表としても活躍、南アフリカ大会のスペイン代表でも活躍が期待されていた。

突然の不幸が彼を襲ったのは2009年8月のこと。遠征していたイタリア・フィレンツェのホテルで急性の心臓疾患を患ったのだ。26歳の若さで、ダニエル選手は天に召された。

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2010年FIFAワールドカップ南アフリカ大会決勝。最後の戦いは欧州決戦となった。一方は予選リーグで日本を破ったオレンジ軍団、オランダ代表。そしてもう一方がスペイン代表だった。

スペイン代表の主軸を努めるアンドレス・イニエスタ選手は、FCバルセロナに所属している。チームは違ったが、同じバロセルナを本拠地として活躍する選手としてダニエル選手との親交が深かった。彼が急逝したと聞いたとき、イニエスタ選手は泣き崩れたという。

最後の戦いは両者一歩も譲らない死闘となった。警告を意味する「イエローカード」が両選手に飛び交った。だが一人、一枚もイエローカードを受けていない選手がいた。イニエスタ選手だった。

前半・後半とも点が入らず延長戦へ。延長前半でも点が入らず延長後半へ。そして延長後半11分、セスク選手のパスを受けたイニエスタ選手はすばやくシュートを放った。ボールは鮮やかにオランダチームのゴールへと突き刺さった。

その時である。イニエスタ選手はスタンドに向かって走り出し、着ていたユニホームを脱ぎ出したのだ。FIFAの規定では、試合中にユニフォームを脱ぐことは禁止されている。イニエスタ選手もそのことを知っていた。イエローカードを覚悟の上で脱いだユニフォームの下に、イニエスタ選手は真っ白なアンダーシャツを着ていた。そのシャツには、こんなメッセージが書かれていた。

「ダニ・ハルケ、僕らはいつも共に」

この日、スペイン代表は初めてW杯で優勝した。最高殊勲選手(マン・オブ・ザ・マッチ)に選ばれたイニエスタ選手は、この優勝を、亡き友へと捧げただろう。最高のゴールと心をこめたメッセージと共に。
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テーマ : ちょっといい話 - ジャンル : ブログ

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